文化交流使(52日目:ハノイ)
今日は、ハノイから車で2時間の片田舎、ナムディン省にある日本語日本文化学院というところに行ってきました。
これまでに講演してきた進学校と違って、それほど恵まれた教育環境ではなかった方々に対して、日本での技能実習生として日本に渡ることを目指して日本語を教えている、というところでした。ほんとうに素朴な教室で、言ってみれば学校らしくない感じ。日本で小学校の先生を退職後に、ボランティアで協力しているという学校で、ほんとうに片田舎の小さな学校。という感じです。
そこでの学生さんは、みんな素直な感じで、熱心に話を聞いて、折り紙体験も楽しそうにしてくれました。私の指示をしっかり聞いてくれて、ワークショップも今までにないほど失敗も少なく、きっちり進めることができました。
最後に、「お礼に歌を歌います。」と言って、kiroroの「未来へ」を歌ってくれました。一生懸命日本語の歌詞を歌ってくれる姿に胸が熱くなりました。
ほら 足元を見てごらん
これがあなたの歩む道
ほら 前を見てごらん
あれがあなたの未来
こんな歌詞を聞いて、そうだね、君たちには未来があるんだよ。って思ったのでした。
実をいうと、昨晩からはずっと体調がすぐれず、行きの車の中で仮眠をとり、せっかく出していただいた昼食ほとんど手が付けられない状態だったのですが、みなさんに元気をいただけたようで、帰りにはずいぶん回復しました。
さて、ホテルに戻った後は少し休んだのですが、今日はベトナムの折り紙コミュニティの方が夕食に招待くださったので、ありがたく参加しました。
こちらの方々のレベルの高さの秘密について、いろいろ話を伺うことができました。
同席くださった Hoang Tien Quyet さんとNguyen Hung Cuongさんは、フルタイムでプロの折り紙作家として活動しているとのことでした。大学時代に折り紙にのめり込み、お互いに技を競い合った仲だそうです。
折り紙の本が高くてあまり買えなかったので、同じ作品を何度も何度も作ったことが、技術力向上に貢献したとのことでした。あとは、やはり時間がたくさんある大学時代に切磋琢磨できたのがよかったとのこと。
それと、それを仕事にできる環境があったから。とのことでした。
日本では、折り紙作家として食べていくのはとても難しいことです。
でも、こちらでは幸い広告やディスプレイの仕事の依頼も十分にあって、それでやっていけるそうです。例えば、こちらのLANCONEの動画。折り紙が前面に登場する素晴らしい広告になっています。一見の価値あり!
学生時代に折り紙の技を競い合った仲間も、社会人になると時間がとれなくなるので、やはり折り紙を仕事にできる環境が大事らしいです。
今は、後に続く人材をどう育てるかが課題だとか。
また、どこの国も同じと思いますが、折り紙コミュニティの技術を引っ張っていく人材の有無がポイントかなと感じました。
そんな彼らに、私が開発したソフト ORIPA を重宝していると言っていただけて、とても光栄に思いました。
また、日本の折り紙作家をとてもリスペクトしていることもうかがえました。
こうして交流を持ち、互いによい刺激を与えあって、尊重し合える関係を保っていければと思います。
文化交流使(51日目:ハノイ)
昨日は移動だけで何もしなかったのですが、やっぱり旅の疲れからか、朝8時過ぎまで熟睡してました。
当初の打ち合わせ予定は朝8時半からだったのですが、それを昨晩に済ませて今日はゆっくりめでお願いしたので、本当に助かりました。
今日は大使公邸にお邪魔して昼食をいただきました。和食をいただきました! ベトナムと日本の間の交流について、これまでの歴史を振り返りつつお話をいただき、また今回の文化交流使についてのことをいろいろ聞いていただきました。
午後、国際交流基金センターに移動し、作品の展示と、展覧会オープニングイベントで30分ほどの講演をしました。
現地に到着したときに、立派な横幕が張られていて驚きました。展示用のスペースも綺麗に準備していただいて、とても光栄でした。
展示会場には、現地のベトナム折り紙コミュニティの方の作品も展示されていました。
ベトナムの折り紙作家のレベルの高さと層の厚さは世界的に有名です。
ベトナムの折り紙コミュニティのレベルは本当に高いですね。
— 三谷 純 Jun MITANI (@jmitani) 2019年12月16日
こちらは、国際交流基金センターに展示されていた Nguyen Hung Cuong氏の作品。
素晴らしいです。 pic.twitter.com/IawDnJSNBS
オープニングのスピーチは、立ち見を含む大勢の方に聴いていただき、テレビ局の取材も複数ありました。最後の訪問地で、このように歓迎いただけて、とても嬉しく思います。
ただ、ちょっと体調がそんなによくないのが心配。今日は早めに寝て、明日に備えたいと思います。
文化交流使(50日目:ハノイ)
本日は移動日。
これまでに7か国を回ってきましたが、いよいよ最終目的地であるベトナム ハノイに到着しました。
残り1週間です。
帰国が近づくにつれ、こんどは帰国後の話がいろいろ出てくるので、出発までの間はほとんどメール対応で終わってしまいました。25日~27日は京都出張になりました。。というわけで、帰国後まで気を抜かずにいたいと思います。
でも、機内食もちょっとスパイシーな感じで、胃腸がやられ気味です。
さて、ハノイに到着後は宿泊先へ移動。今回は今までになく高層ビルの中で、フロントが38階、宿泊の部屋が53階、朝食が63階。ということでした!
残り1週間は、路上の騒がしさから離れて、ここで快適に過ごせそうです。
文化交流使(49日目:ヤンゴン)
今日は国際交流基金にて、午前と午後の2回の講演・ワークショップを行いました。どちらもネット上での募集枠を超えての応募があったそうで、残念ながら参加いただけない方も多かったようです。
その分、やはり参加いただいた方々は日本の文化や折り紙に対する関心が高く、熱心に話を聞いて、質問もたくさんいただきました。
さて、これでミャンマーでのお勤めは無事に終了です。
夜には、アウンサン将軍の事務所跡を使ったレストラン「ハウス・オブ・メモリーズ」で夕食をいただきました。ちょうど今、アウンサンスーチー氏の国際司法裁判所での発言に注目が集まっているところでもあり、ミャンマーの歴史、民族問題などについて考えさせられました。アウンサンスーチー氏が引退した後の情勢なども気になります。
各国を訪問することで、普段日本にいると、あまり気にかけない事柄にも注意が行くようになり、大いに勉強になっています。
明日は夕方のフライトで、最後の訪問国、ベトナムに移動します。
文化交流使(48日目:ヤンゴン)
本日はミャンマーでのオフ日ということで、のんびり過ごすことができました。
と言っても、午前中はメール作業で終わってしまったので、午後からヤンゴンでの第一観光スポット、シュエダゴン・バゴダへ行ってきました。
宿泊先から、歩いて20分くらいの、とても近い場所にあります。
でも、今日の気温は31度とのことで、暑い暑い。汗びっしょりになりました。
着いてみると、一面ゴールドのきらびやかな空間で、精巧に作られた建物群に圧倒されました。
靴と靴下を脱いで、裸足で歩かなくてはいけないのですが、それがとても開放感があって、気持ちよく過ごせました。気づいたら1時間半くらい、バゴダの前でとくに何もせずにボーっと過ごしていました。
そんなわけで今日はよいリフレッシュができました。
閑話休題。日本を出てから、ちょこちょこTwitterでツイートしているのですが、昨日にプラレールで幾何学模様を作る話のツイートを始めたら、たいへんな反響があって、あれよあれよという間に、フォロワーが1万を超えました。フォローしてくれた方々が、楽しく思ってもらえるようなツイート、ちょっと知的好奇心をくすぐるようなツイートを続けていきたいと思っています。
2016年に、プラレールで作った幾何学模様をTwitterで紹介したところ、多くの反響をいただきました。
— 三谷 純 Jun MITANI (@jmitani) 2019年12月12日
その前後に、いろいろとプラレールの幾何学について考えたりプログラムを作ったりしていたので、その一連の流れを振り返りつつ紹介したいと思います。 pic.twitter.com/Vb3bBDEl7H
文化交流使(47日目:ヤンゴン)
帰国まで残り10日ほどとなり、いよいよカウントダウンな気がしてきました。
今日は午前中は帰国後のことも含めてメール処理に追われ、午後からヤンゴン工科大学にて講義とワークショップを行いました。今回も皆さん、熱心に話を聞いてくれて、ワークショップも楽しんでもらえたと思います。
夕方、国際交流基金ヤンゴン日本文化センターにて、日本の映画上映会があったので、そちらに参加させてもらいました。
上映されたのは、1960年に公開された「おとうと」。まさかこんな古い映画をミャンマーで観れるとは思いませんでした。
みなさん鑑賞後には、フリーディスカッションで、当時の撮影技術などについて熱く意見交換していました。
さて、そのあとに夕食にお誘いいただいて、話が大いに盛り上がってしまい、宿泊先に戻ったのは午前様になってしまいました。
みなさん、様々なバックグラウンドをお持ちで、普段聞けないような話をたくさん聞くことができて、大いに刺激を受けました。
文化交流使(46日目:ヤンゴン)
午前中にヤンゴン市内の観光スポットを駆け足で見せていただいて、午後にマンダレー工科大学にて講義とワークショップを行いました。
授業の一環ではなくて、希望者のみ参加という形にしていただいていたようで、みなさん興味深く熱心に話を聞いてくれました。ほぼ9割くらいの学生が女性だったので、「折り紙」というキーワードのせいかと思いましたが、そうではなくて、実際に在学生のほとんどが女性なのだそうです。日本で工科大学というと男性ばかりな気がするのでちょっと驚きました。
その後、現地で日本語の授業をしている様子を、ほんの少しだけ見学。N5レベルということで、ごくごく簡単なセンテンスを勉強しているようでした。日本の企業で働きたいと考えている学生が多いとのことでした。
その後、空港に移動して、マンダレーからヤンゴンへ空路で移動。
9時半くらいに再びヤンゴンのホテルに戻ってきたのでした。
今日は移動中などに、ずいぶんTwitterでツイートした気がします。
昨晩に泊ったホテルが日本を出てから11番目のホテルになりました!
— 三谷 純 Jun MITANI (@jmitani) 2019年12月11日
そこでもやっぱりスイッチを見つけられない照明があって、5分ほどウロウロしていたのですが、どうしても見つけられなくて、とうとう諦めてそのまま寝てしまいました。
敗北感。 pic.twitter.com/0i8I0qu1V0
今日、講演する大学に着きました。
— 三谷 純 Jun MITANI (@jmitani) 2019年12月11日
ミャンマーのマンダレー工科大学です。 pic.twitter.com/TclFKZA3Pl
車の中からで上手に撮れなかったので、他のサイトに掲載されていたものの紹介なのだけど、
— 三谷 純 Jun MITANI (@jmitani) 2019年12月11日
ここマンダレーでは、こんな感じでエンジンむき出しのトラックがたくさん走っていて目を見張りました。
かっこいい!!
写真出典「ミャンマーで見つけた古いトラックやバイクなど」 https://t.co/eQTla1ttwF pic.twitter.com/24aJLYBoFH
これから空路、ヤンゴンへ移動します。
— 三谷 純 Jun MITANI (@jmitani) 2019年12月11日
航空券に座席番号がないのだけど、どうやら自由席だそうです。
飛行機で自由席!!
そんなの初めて聞きました。 pic.twitter.com/S7b5ofmxcT