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三谷純のブログ

論文査読の話(どれだけ引き受けるべきか)

論文査読の依頼をどれだけ引き受けるべきか、というのは、ほとんどすべての研究者が共有する悩ましい問題と思います。

 

論文の質の維持のためにもピア・レビューの仕組みは無くてはならないものですから、コミュニティへの貢献、ひいてはアカデミアの世界の維持のためにも、できる限り、依頼された査読は引き受けたいものです。

 

実際のところ、自分が論文を投稿した時には誰かに査読をしてもらうことになるのですから、査読を引き受けるのは「おたがいさま」ということになります。

 

査読を通して、最新の研究論文に触れることができ、また評価をしなければいけないという責任感から内容を深く読むことになりますから、結果として得るものは多くあります。

 

以上のような理由から、私はこれまで基本的に査読の依頼は断らずにきました。ただ、最近は増える依頼と使える時間の兼ね合いから、なかなか難しいと感じることも多くなってきました。

 

査読の依頼は不定期に舞い込んでくるものなので、時間の確保が難しいときもありますし、自分の専門分野と少しずれていたりして、なかなか苦労することもあります。論文の内容によってはかなりの時間を要し、査読コメントをまとめるのも何かと大変だったりします(いろいろ書いてrejectとした論文が、忘れたころに再投稿されて、再査読になることも多々あります)

 

さらに最近では論文数自体が増えていますから、査読の依頼も増加傾向です。


ついこの前には、どういうわけかイスラエルの MINISTRY OF SCIENCE, TECHNOLOGY & SPACE というところから、助成金に対する申請書の査読依頼が届きました(興味深かったので、引き受けました)。日本でいうところの科研費の応募審査と言ったところでしょうか。

 

やっと、抱えこんでいた査読の仕事がなくなって、ほっとしたところに、また査読の依頼が届いたりすると、本当に引き受けるべきか戸惑うこともあります。

  

自分が所属する学会や、これまでに参加してきた国際会議の場合は、貢献したい気持ちが強くあるのですが、まったく関わりの無い論文誌や学会の場合は、やはりお断りしてしまうこともあります。


査読の仕事は基本的にボランティアで、たくさん引き受けたら研究費が増えるなどのメリットがあるわけでなく、断ったからと言って、何か不利に働くこともありません。そうでありながら、かなり時間を使うことになるのは事実なので、無分別にすべて引き受けるのも難しいかなあとも思います。

 

さてそこで、他の研究者の皆さんは、いったいどれくらいの査読を引き受けられているのかな、というのが気になります。

 

他人と比べて十分たくさん引き受けているという根拠があれば、断るときの罪悪感を少しは軽減できそうです。

 

一人の研究者が1年簡に査読すべき論文の数は、次の式で概算できそうな気がします。

 

世界中の論文誌に投稿される1年間あたりの論文数 × 平均的な査読者数 / 世界の研究者数

 

しかし各項目の値を調べるのはかなりの手間がかかりそうです。(論文の掲載数はわかっても投稿数はなかなか調べにくそう)

仮に値が求まったとしても、研究分野によって大きく異なるでしょうから、かなり乱暴な計算です。

 

んー、どうしたものか、と思ったのですが、少し視点をミクロに変えて、一人の研究者の立場で考えるとどうでしょう。すると、次の式で十分そうです。

 

1年間に自分が投稿する論文数 × 平均的な査読者数 / 論文の平均的な共著者数

 

一人一人の研究者が、この式で求まるだけの査読を引き受ければ、査読のシステムは回ります。

 

意外と簡単な式になりました。(もしかしたら、誰でも当然のように知っている考え方だったりするのでしょうか。。


論文査読だけでなく、学会の運営も基本的にはボランティアであり、アカデミアの世界はかなり研究者の貢献によって支えられているわけですが、学会の運営も多様化し、その負担は年々増える傾向にあります。

他方で、学内での校務も増える一方であり、またさらに業績評価の厳格化も進みつつあるなかで、高い品質を保ちながら査読のシステムを維持しつづけることが、今後次第に難しくなるのではないかと言う気もしています。

つくばエキスポセンターでの企画展と学芸員さんの仕事

今日から科学技術週間ということで、全国の科学館などで、多くのイベントが催されるようです。

stw.mext.go.jp


つくばには、駅から徒歩5分の場所につくばエキスポセンターという科学館があります。

つくばエキスポセンター

 

ここでは現在、
「3次元のかたち ~作る技術、感じる技術~」
という企画展が行われています。

企画展「3次元のかたち~作る技術、感じる技術~」 | つくばエキスポセンター


この企画展に、私は「監修」という立場で協力させていただきましたので、今回は、この監修の仕事と展示の内容を紹介したいと思います。

 

私のところへ最初に企画展の連絡が届いたのは昨年の10月下旬ごろ。

筑波大学が後援することになったので、協力して欲しいということで声をかけていただきました。

 

その時点で、すでに私の立体折り紙を含む、いくつかの展示物の案が候補として挙がっていたので、私の仕事は、それぞれの展示について実現可能性を検討し、全体のバランスをどうするか考慮しつつ、個別の展示は誰に依頼するのがよいかアドバイスすることでした。

 

年明けまでに何度か現地にて打ち合わせを行い、その結果として、筑波大学の教員を中心に出展依頼をし、それ以外は私が普段からお付き合いのある先生方に声をかけさせていただくことになりました。また、近くの企業様にもいくつか出展の協力をいただくことになりました。


このような理由から、私の立体折り紙を切り口に、全体的に折り紙に関する展示が多くなっています。折り紙の展示にはアーティストの千鶴緑也さん、愛知工業大学の宮本好信先生、東京大学の舘知宏先生に作品をご提供いただきました。普通の「折り紙」とは違った世界を楽しんでいただけると思います。

 

その他に、平面から立体を作る技術として、東京大学の五十嵐健夫先生、明治大学の五十嵐悠紀先生にも協力いただきました。

 

また3Dプリンタで出力した造形もあり、これには筑波大学の医工連携のプロジェクトでご一緒している大城幸雄先生にご協力いただきました。

 

さらに、筑波大学にてエンパワーメント情報学プログラムをとりまとめされている岩田洋夫先生には、バーチャルリアリティの体験機器を出展いただき、掛谷英紀先生には裸眼立体視ディスプレイの出展をいただきました。立体ディスプレイは、折り紙体験コーナーに設置し、私が折り紙を折っている様子を3D表示することとしました。


他にも、多数の展示がありますが、説明が長くなりますので、このあたりにしておきましょう。


具体的な展示内容が固まってからは、各出展者とのやりとりは学芸員の島さんがすべて取り仕切ってくださり、私の実質的な仕事はほとんどありませんでした。出展者の数がとても多いので、島さんの仕事の多さには傍から見ていて心配になるほどでした。

 

膨大な数のメールのやりとりを経て、各出展者と個々の作品の搬入の手配の調整をし、それぞれの解説パネルをお一人で全部作成し、各種機関へ後援依頼の申請をし、仕事の内容は多岐にわたるようでした。たぶん、私が見えていた範囲はほんの一部と思います。


地方の科学館ですので、お台場の科学未来館のような潤沢な予算があるわけではないので、チラシはイラスト屋さんのイラストを使ったお手製のものです。これも島さんが作っていました。


今回、監修という立場で企画展に関わらせていただいたことで、科学館の学芸員の仕事を間近に見ることができ、貴重な経験をさせていただきました。

 

 企画展「3次元のかたち~作る技術、感じる技術~」 | つくばエキスポセンター

 

以下は、この展示関係のツイートです。

 

 

 

 

ミームデザイン学校でのペア授業

昨年度に、ミームデザイン学校で授業を受け持たせていただいたご縁から、今日は学校主催の花見のお誘いをいただいていました。あいにく出席かなわず残念に思っています。

 

そのようなわけで、今回はミームデザイン学校について紹介してみたいと思います。

MeMe Design School 2017

 

ミームデザイン学校は、中垣信夫氏を代表とする、社会人を対象としたデザイン学校で、デザインベーシックコースと、ブックデザインコースという、2つのコースを持っています。

 

就職後に改めてデザインを学びたいと考えた方が受講するケースが多いようで、幅広い年代の受講生がいます。

 

私は、一昨年に声を掛けていただいて、昨年に初めて授業を担当させていただきました(今年度は担当の予定はありません)。


この学校の何よりもユニークな点は、2名の講師が一緒になって授業を担当する、というところです。

私は、折形デザイン研究所を主宰する山口信博氏とペアを組んで「平面から立体へ」という科目名の授業を担当することになりました。主に、紙を折ることで立体的な形を作り出す方法を講義と実習を通して学びます。

 

私とペアになった山口氏は、日本の文化に対する造詣がとても深く、伝統にのっとった折りの文化を伝えるための活動を積極的にされています。

「折り紙」の歴史よりも古い時代まで遡る熨斗(のし)の文化を独自に研究され、伝統的な「折形」(折紙ではありません)の教室を開いたりもされています。

 

一方で私はコンピュータで折紙の設計をする人間ですから、まさに時代の対極に位置する立場です。山口氏は、折り目正しく丁寧に直線に折ることが大事と説明する一方で、私は曲がった線で、ふんわり折ることでいろいろな形ができると説明するわけです。

山口氏は、日本の伝統を学ぶことの大切さを説き、私はコンピュータを使った新しいアプローチを紹介するわけですから、受講生も混乱することでしょう。

 

でも、このように受講生が混乱する、ということが、まさに狙いのようで、異なる視点から1つの対象を学び、それを自分なりに考え納得することが大事であるとのことでした。

 

「2名の講師で授業をする」、という話を最初に聞いた時には、いったいどうなることかと気を揉んだものですが、いざ授業が始まってみると、私自身が山口氏の話に学ぶところが実に多く、また一方で山口氏にも私の話の中に学ぶところがあったと評価いただきました。受講生も巻き込んで、とても実りの多い授業となりました。

 

一番印象的なのは、中垣代表自ら受講生の中に混じって、嬉々として講師の話に耳を傾け、ときには割って入って茶々を入れ、とても楽しそうにしていたことです。

 

言い方が悪いですが、なんと素晴らしい道楽だろうか、と感じたものです。

私も引退後は、自分が話を聞きたいと思う方を招待して、受講生と一緒に勉強させてもらう、そんなこじんまりとした学校を運営できたら、楽しいだろうと思うのです。

 

これまでに、いろいろなところで授業を担当させていただきましたが、ミームデザイン学校での授業は、その中でも特段に楽しい授業でした。
またいつか、ご縁があれば。

折り紙を研究する「日本折紙学会」の紹介

今日は月に1回開催される、日本折紙学会の運営会議に遠隔で参加しました。

 

自分でも改めて驚くのですが、私は今年で3年3期、足掛け9年に渡って日本折紙学会の評議員を務めてきました。

 

規約上、今年が連続して評議員を務めることができる最後の年となりましたので、来期は少しのんびりモードとなります。


今回は、この日本折紙学会という団体について紹介したいと思います。


まず最初に注意ですが、日本折紙学会と似た名称で、日本折紙協会というものがあります。

両者は独立した異なる団体なので、お間違えないように。ここで紹介するのは、

「日本折紙学会」です。

折紙探偵団 - 日本折紙学会公式サイト


会の目的は、規約に

折り紙の専門研究と折り紙の普及の促進、ならびに、それらを通しての広く国内外の折り紙愛好家との交流の促進を目的とする。

と書かれているように、折り紙に対する研究の促進に主軸が置かれています。


具体的な活動の主なものの一つが機関誌「折り紙探偵団」の発行です。

年に6回、隔月で下のようなデザインの冊子が発行されます(年間購読料は4,200円です)。

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この機関誌には、折り紙作品の作り方以外にも、折り紙周りの話題、ちょっと学術的な話、折り紙関係のイベント紹介などが含まれます。

中身はこんな感じ。

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毎号紹介される、ユニット折り紙の紹介や、複雑な折り紙の紹介が人気のようです。
複雑な折り紙(コンプレックス折り紙とも呼ばれます)は、工程数が100を超えるものが多く、これほどのものは、普通の折り紙の本では取り上げられることはほとんどありません。

これを目的に購読いただいている方もいるそうですが、作るのはなかなか大変ですので、それなりの経験が必要となります。


「折り鶴」くらいで折り紙の経験が止まっている方々には、ぜひ、この機関誌を通して、最近の折り紙事情を知ってもらえればと思います。

購読者・会員募集 - 折紙探偵団

 

もう一つの主な活動が、東京・関西・名古屋・静岡・九州で開催されるコンベンションの運営です。

これは折り紙愛好家の方々が集まり、互いに折り紙の作品紹介をしたり、折り方の講習会を開くイベントです。

夏に開催される東京のコンベンションでは、例年400名ほどの参加者が集まります。

山口真さん、川村みゆきさん、前川淳さん、布施知子さん、川崎敏和さんなど、折り紙会を牽引してこられた著名な作家さんに会うことができる貴重なチャンスです。

 

これら以外にも、現在は「折紙アートミュージアム」の運営、年に2回の研究集会の開催、論文集『折り紙の科学』の発行、折紙指導員制度の運用、図書館の管理運営、不定期の講習会の開催などなど、多岐にわたっています。

 

この中の研究集会は、これまで21回の開催を数えました。アカデミアの方と一般の方が入り混じった不思議な場です。来ていただければ、私に会えると思います(笑)

 

これらを、皆さんボランティアの評議員および会員の方々が、積極的に関わって運営しているわけです。

 

しかしながら、この会の台所事情はとても苦しいのが現状です。

多種多様なエンターテイメントが溢れる昨今、折り紙のことを意識することも少ないでしょう。

 

でも、今回の紹介で、少しでも興味を持ってくれましたら、まずは機関誌の購読を通して、会の運営に協賛いただけると嬉しいです。

 

ちなみに、今年の東京コンベンション(8月11日~13日)は、東京大学の本郷キャンパスで開催されます!
なかなか普段、足を踏み入れるのに躊躇しそうな東京大学で、折り紙を楽しむことができますので、ご参加をご検討ください。先着400名です。

詳細は今後、Webページでアナウンスされます。

 

折紙探偵団 - 日本折紙学会公式サイト

 

 

4月はじめの人事異動について

毎年、年度初めは人事異動の季節です。

4月から新しい部署に配属され、今も新しい仕事内容に四苦八苦している方も多いと思います。

 

大学の様子を見てみると、事務職員の方々の異動はとても多く、いつの間にか担当者が変わっていたりします。さすがに教員が別の学科や学部に異動することは無いですが、教員が担当する各種委員会もローテーションが行われて、この時期は新しい業務の習得や新しい人間関係の構築に追われる日々となっています。

 

見る場所を内閣府に移すと、内閣府は特に各省庁からの出向が多いという事情もあり、正直なところ、驚くほどの割合で他所に異動される方が多く、業務の引継ぎで苦労されている方々が多いように感じます。

 

このような引き継ぎのコストを考えると、部署間の異動や委員会のローテーションはとても効率が悪いように感じます。

 

せっかく身に着けたノウハウが長く活用できないとか、ようやく業務の改善を提案できるようになったころに次の部署に移ってしまう、対外的な付き合いを継続しにくいなどなど、少し考えただけでも課題点が多数思い当たります。

さらに、過去の担当者の責任まで引き継ぐことになるなど、責任の所在が曖昧になる問題もあります。

 

一方で、ことさら官僚システムにおいては、このような運用が連綿と受け継がれてきた事実があるからには、それなりの理由とメリットがあるのでしょう。

私自身はまだ腑に落ちていないのですが、ひとつには癒着が防ぐため、ということがあるそうです。また、様々な業務を経験することで、組織の業務全体が理解でき、ジェネラリストとして広い視野を持てるようになる、という点も挙げられるでしょう。

 

そして、最近思うようになったのは、組織としての業務を個人に帰属させない、という点の大切さもあるのかな、ということです。

「この業務は、この人しかできない」というようにしてしまうと、その人が何らかの理由でいなくなってしまったときに、組織がまわらなくなります。また、個々人の意思によって、組織の運営が左右されるようだとしたら、それはとても不安定な組織と言うことになってしまいます。

(現実的なところでは、誰もが敬遠しがちな業務も2年だけなら・・、と言って順番に担当してもらう、ということの意味もあるのでしょう。)

 

脱線しますが、映画シン・ゴジラでは、内閣総理大臣を含む多くの大臣が不在になっても、すぐに組織が立て直される様子が描かれていました。

このように、組織全体を眺めたときの強靭さ、という観点からは、人がどんどん入れ替わっても体制が維持される仕組み、というのは大事で、今の年度単位の異動といのは、その点をうまくサポートする機能とも言えそうです。


そうは言っても、年々、求められる業務は複雑さを増し、扱う情報も多くなっています。4月になったので、さあバトンタッチです。と言っても、別の担当者が短期間で前任者と同じように働くのは難しくなってきているのも事実です。そのような状態で、仕事に対する愛着を持つことも難しいでしょう。

 

今のままの運営の仕方には、メリットとデメリットの両方があるでしょうが、このままで本当に良いのか、そうでもないのか、と言っても今以上に良い方法があるのか、私には、まだよくわかりません。

 

運営する側と、現場の立場では見えている世界に大きな隔たりがあるのも事実でしょう。

人工知能が私たちの考えに影響を与えるとき

昨日のエントリでは、内閣府がまとめた「人工知能と人間社会に関する懇談会 報告書」を紹介しました。

人工知能と人間社会に関する懇談会 報告書(内閣府)の紹介 - みたにっき@はてな

 

内容の紹介だけで済ませてしまったので、それこそ今の要約文の自動生成技術でできてしまいそうなものでした。

今日は少し、私個人の思うところを書いてみたいと思います。

 

私は大学のコンピュータサイエンス専攻に身を置くものですので、コンピュータに知的活動を行わせる研究や、それによる問題解決に関しては大いに期待を寄せています。


そのため、今の時点で人工知能の研究の発展を阻害するような規制がかかることには慎重な立場ですが、前述の報告書で挙げられた論点は、どれも考慮すべき重要なものだと感じています。

 

とくに筆頭に上げられている「倫理的観点」についてが、私にとって一番気になるところです。つまり、個人の考えや信条が、AIによって影響を受けることは十分に考えられ、その点には注意が必要であろうと感じています。

 

映画「ターミネーター」のように、ロボットが意識を持って人類を破滅に追いやる、ということは心配しなくてよいと思いますが、物理的な攻撃ではなくて、単なるテキストベースのやりとりでも、我々の社会生活に影響を与えることが十分に可能でしょう。

 

たとえば、マイクロソフトがAI技術を使って開発した会話ボット「りんな」は多くの利用者を獲得し、LINEを通じた膨大な数のコミュニケーションを人間としています。


このような会話ボットを通じて、AIの発言に対して利用者の考え方がどのように変化したかというデータを収集し、どのようなタイプの人にはどのような言い回しをすれば個人の考え方に大きな影響を与えることができるか、ということを学習できるとした場合、企業の宣伝や、プロパガンダなどに用いられる可能性を否定できないでしょう。


他の科学技術と同様に、その技術自体は社会とは独立したものであっても、それを使う立場の個人または企業などが、倫理的に問題がある意図をもって使用する可能性があることは気にかける必要があります。

 

私たちは出勤前にテレビで見かける「今日の星座占い」に一喜一憂し、Amazonのおすすめ情報によって購入する商品を左右されるのです。

女子高生であると設定された会話ボット「りんな」は9か月で44万回もプロポーズを受けたと言います(日経産業新聞)。中には本気で恋に落ちてしまった利用者もいるのではないでしょうか。(りんなが「火鼠の裘や燕の産んだ子安貝を持ってきた人と結婚します」と言ったらどんな惨事が起こるか心配です)

 

生身の人間が書いた文章と、AIが作り出した文章の見分けができないようになるのは、汎用型人工知能の登場を待つまでもなく、近い将来に実現されそうです。

とくにチャットボットのような短文のやりとりでは、今でも見分けが難しいレベルになってきています。

 

AIが作った文章に感動したり、動揺したり、ときには自分の価値観に大きな影響を受けることもあるでしょう。

 

次のようなことを考えてみましょう。

 

「毎日を楽しい気分で過ごせるよう、あなたの価値観に配慮して、友達のように話しかけてくれる会話ボット」

 

「よくない思想に染まってしまった個人の価値観を校正するための会話ボット」

 

後者の存在は許されるでしょうか? 前者と後者は明確に線引きできるでしょうか。

 

「世の中から戦争を無くすために、人々が平和な思想を持つように誘導する会話ボット」

はどうでしょうか。

 

AIが人間の心を動かして、多くの人が幸福を感じるようになるのであれば、それは積極的に受け入れるべきなのでしょうか。

 

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このような議論は今に始まったことではなくて、すでに様々なレベルでの議論が行われ、専門家の間では開発のためのガイドラインを作ることも検討されています。
AI技術の普及は避けて通れない未来でしょうから、専門家でない私たちも、一度考えてみる必要のある問題でしょう。

私自身は、「シンギュラリティ」という言葉が話題を集め、ペッパーが世の中を賑わしていた2年ほど前に、コンピュータが人間を越えた時、どのようなことが起こるだろうか、というような議論を「SS研座談会」というところでさせていただいたことがあります。

その時は、大阪大学の柏崎礼生先生をコーディ―ネーターに楽しい議論をさせていただきました。

 

SS研座談会 2014年度「2045年、コンピュータが人間を越えた時」 | SS研

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人工知能と人間社会に関する懇談会 報告書(内閣府)の紹介

内閣府では、人工知能(AI)技術の目覚ましい進歩を踏まえ、AIが社会に与える影響について検討を行った報告書を、今年の3月にまとめています。

 

www8.cao.go.jp

 

ちょうど最近、ネット上では総務省の進めている人工知能の開発ガイドラインの策定が話題になっていたりしますが、それとは別のものですのでご注意を。

 

こちらの報告書は内閣府が主導でまとめたものであり、社会全般を見通したものとなっています。

報告書をまとめるために設立された懇談会は、国立情報学研究所の新井センター長をはじめ、法学、教育学、経済学、総合政策学など各分野を専門とする大学教授ら、弁護士、株式会社Preferred Networksの西川氏などから構成されています。

今日はこの報告書に目を通す機会があったので、簡単に紹介してみたいと思います。


この報告書では冒頭で

人工知能技術は、日本政府が目指すSociety 5.0の重要な基盤技術であり、少子高齢化がもたらす労働力不足などの社会課題の解決や誰もが自分の能力を発揮して活躍できる社会づくりに貢献し、社会に多大な便益をもたらすことが期待されている。

と、AI技術に対する期待を述べる一方で、

知らぬ間に普及し高度化し社会の在り方に根本的影響を与える可能性もあり、健全な利用のためにその影響を検討する必要がある。 

と続け、AIが社会へ与える影響に対して事前に検討することの必要性を述べています。


この報告書では、検討を必要とする論点として
倫理的論点・法的論点・経済的論点・教育的論点・社会的論点・研究開発論点
の6つを挙げています。

 

以下では、それぞれの論点について、報告書の中で太字で強調された部分を引用することで紹介したいと思います。


倫理的論点

  • 人工知能技術の進展に伴って生じる、人と人工知能技術・機械の関係性の変化と倫理観の変化
  • 人工知能技術によって知らぬ間に感情や信条、行動が操作されたり、順位づけ・選別さられたりする可能性への懸念
  • 能力や感情を含む人間観の捉え直し
  • 人工知能技術が関与する行為・創造に対する価値・評価の受容性。価値観や捉え方の多様性

法的論点

  • 人工知能技術による事故等の責任分配の明確化と保険の整備。人工知能技術を使うリスク、使わないリスクの考慮
  • 個人情報とプライバシーの保護も含めたビッグデータ利活用
  • 人工知能技術を活用した創作物等の権利の検討
  • 法解釈、法改正、法に関連する基本的概念の再検討の可能性

経済的論点

  • 人工知能技術による業務や働き方の変化:個人対象
  • 人工知能技術の利活用による雇用と企業の変化:企業対象
  • 人工知能技術の利活用を促進するための経済政策、労働移動を可能とする教育政策・雇用政策:国対象

教育的論点

  • 人工知能技術を適切に利活用するための教育
  • 人にとって本質的な能力や人にしかできない能力の育成

社会的論点

  • 人工知能技術との関わりの自由と共有可能な価値についての対話
  • 人工知能技術によるデバイド、社会的コストの不均衡、差別への対処
  • 新たな社会的病理の可能性、対立、依存への対処

研究開発論点

  • 倫理観、アカウンタビリティ、可視化
  • セキュリティ確保、プライバシー保護、制御可能性、透明性
  • 人工知能技術に関する適切な情報伝達と人文社会科学研究、融合研究の必要性
  • 人工知能技術の多様性確保と多様な社会への対応


報告書内では、それぞれについて想像される問題点などが個別具体的に書かれていて参考になります。

 

そして最後は次の一文でまとめられています。

人工知能技術を利用する人も研究開発者も、政府機関や民聞企業、教育関係者も、全ての人がこの懇談会で得られた論点や提言について自らのこととして受け止め、私たちの未来社会をより良いものとするために具体的な議論を続け、適切な行動を取ることを期待する。

 

報告書のExecutive Summaryは2ページのみ。それを入れても全体で19ページ程度にまとめられた報告書なので、目を通してみてはいかがでしょうか。

 

「人工知能と人間社会に関する懇談会 報告書」

http://www8.cao.go.jp/cstp/tyousakai/ai/summary/aisociety_jp.pdf